最新のご神言

  • 平成30年8月8日

    NEWS 【御神言】
    『此の度の沖縄、長きに渡る巫様の身を張った行にて、
    浄めたればこその誘いなり。
    こぜる事無く、万障繰り合わせて申し出て頂きたく、
    ここに改めて声掛けした次第。
    旅中、選ばれた地に立ち、世の安寧を願うお方々の思いこそ、
    天災を小難に治める力なり。
    天地通ずるこの時に、合わせた各々の御手には、
    もずの声程に鋭く神仏の洗礼が与えられましょう。
    堂々とお受けなさるがよろしいぞ。
    此の度の寿寿かけツアー、それ程に深い意義あり。
    この方丈、先達を申し出、巫は背中より常に寄り添う旅となります。』
                             方丈

    此の度の寿寿かけツアーには、多くの手を求めています。
    かつてのグアム島を覚えておいでだろうか?
    皆で手を合わせ、りんの音を一打ちした瞬間、
    暗雲立ち込めた空に雷神が応えた。
    その一瞬の隙間に悪気が吸い上げられ、実にその在り様にて
    天災を免れたのです。
    今、この様に皆様にお声を掛けるのは、
    正に今こそ天と地の間に立ち、合わせる御手を欲するが故の事。
    切に切にお願いしたい。
    神仏が与えて下さったその為の時を、捨てる事をなさらないで。
    およそ二年に渡る私のこの行は、その一瞬を頂戴する為の行。
    どうぞ集って頂きたい。
    常の如くほのぼのと、笑い合い語り合う旅、
    そしてその一刻、ただ真摯に祈る旅、これこそ寿寿かけの旅です。
    虚しく素通りせず、謹んでその両手を差し出して頂きたい。
    皆様の無償の愛が、既に起きようとしている震災を最少に留めてくれます。
    北を守って頂きたいのです。
    (申し込み締め切りは、手の数が揃う迄延ばします)
                       陽巫

  • 平成30年7月19日

    【御神言】
    方丈より、
    「整える事ありて、二人同行弔いの行脚に参らねばならぬ。
    巫様よ、供されよ。
    人の命とは、まこと儚きものなれど、歩む姿こそ尊きもの。
    災害とは、傲慢なる人の欲こそが招くものなれど、
    この度の姿にて「無情」を見たり。
    さながら帰路さえ探せぬ多くの御霊あり。
    四国へ向かいます。
    さ迷う霊を救い上げ、経にて泥を浄めて差し上げましょうぞ。」


    方丈のご指示に従い即刻四国へ向かい、
    九日間に渡る「鎮魂を願う四国遍路」を終え、
    本日7月19日、灼熱の島に戻ります。
                       陽巫

  • 平成30年7月10日

    【御神言】
    今晩、不浄のものがさ迷います、今日は必ず塩水で手を洗って寝なさい。
    出来れば足元に香を焚きなさい。
    治まりのつかぬ状態が今あるが故に 必ず指示に従いますように。
    ただならぬ悪気の流れがありますゆえ おのおの必ず指示に従いますように、
    人柱として申し伝ゆる。
                       陽巫

  • 平成30年5月10日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    【御神言】
    「天津神の巫が、風をそよぎて道を通せば、
     七色の天龍舞い降りる。
     欲する者よ、求めるが良い。
     欲すればこそ人となりたり。
     歩みに添うて利を届けよう。
     貪る者よ、どこまでも卑しく闇にあがき、
     やがて己のはらわた喰い尽くせ。
     さあ、したためよ。
     いかようにも受け持とうぞ。」
                     阿修羅
    【焚き上げ】 6月15日 午前11時
    【祈願書〆切】 6月10日着分迄
    【参列申込〆切】5月25日迄としますが、参列可能人数を過ぎた時点で締切りますので
            お早めにお申込み下さい。
    ・寿寿かけ祈願は、神仏へとお届けするものです。すがる思いなればこそ、礼儀たる事、
    御礼を怠らず添えられます様に。
    (必ず各封に「祈願書」「御礼」と印して、別袋になさって下さい)
                     寿寿かけ  

  • 平成29年12月15日


    【御神言】

    『新年を迎えるにあたりて、神々より授けし力あり。
     社にて、一々祝詞を唄い、寿寿に蓄えよ。
     立ち合う者あらば、一々繋ぎて差し上げよ。
     混沌の世を、難無く生き抜く薄紅の羽衣となりましょうや。
     開門の儀  1月2日午前9時30分
                 天宇受売命(あめのうずめのみこと)』
     
     
    「御神言に添い、お一方づつに、差し出される祝詞をお繋ぎ致します。
     御神仏から各々に、一年のあらましをお教え頂きます。
     御希望の方は社にお越し下さい。
     1月2日 午前10時から
                                陽巫」
     
    ・正月参拝お申込み時に 祝詞、相談、参拝のみ、いずれかをお書き添え下さい。
     祝詞におきましてはこちらの指定時間に沿って頂きます。
     
     

  • 平成29年12月3日

    【御神言】

     我ここに出で立ちて寿寿に繋ぐる。
     本日、二十三時より、明日、月の欠けるその時(十五時)迄、
     陰陽の力絶大なり。
     月は心を覗き、陽はそれを映す。
     全うなさる覚悟のある者のみ、願掛けの門を開く。
     やり遂げぬ堕落は許さじ。
     泥に沈むのみとなろう。
     覚悟を持つ者のみの、一瞬の神通の門なり。
     月読つくよみ)

  • 平成29年11月13日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    【御神言】

    「戯れし世に、慎み持ちて生きる者よ、願いを受けよう。
     素直にしたためるがよい。
     もはや摩訶不思議に託すのみの望み、こぞりて大いに応えよう。
     門を開きて天に通ずる狼燧(のろし)なり。
     焚く者よ、ただ無心で勤めよ。
     雌鶏の飛び立つ日なり。」
                               天之御中主 

     焚き上げ :12月15日 午前11時
     祈願書受付:11/15~12/10必着

    【参列申込み】数に限り無し。〆切り11月30日
    ・寿寿かけ祈願は、神仏へとお届けするものです。すがる思いなればこそ、礼儀たる事、御礼を怠らず添えられます様に。(必ず各封に「祈願書」「御礼」と印して、別袋になさって下さい)

    寿寿かけ
  • 平成29年9月23日

    【御神言】

     「社にて 誠にあらたかなる風を繋ぐ。清き風なれば 通じて神風とせよ。
     十月一日、十一時、天巫女となり声を差し出されよ」
     
     10月1日、11時~ 寿寿かけ社にて 巫女の読経が勤められます。
     何と急な御神言ですが、森羅万象に通じましょう。
     拒む者なし、足をお運び下さい。
                                陽巫 

     【参加申し込み先】FAX:03-3703-8380 、メール:info@suzu-kake.jp
     加えて、当日ご相談のある方は、一緒にお申し込み下さい。
     公章先生がお受け下さいます。
     尚、陽巫先生へのご相談受付はありません。

    寿寿かけ
  • 平成29年9月5日

    【御神言】

     「さあ、帰省なされ。
      見事な勤めでした。
      己に問い、己を見続け、包みし御霊を天に見送られた。
      乱るる事無く、己を極めなされた。
      野に「人柱」を義務と定められし者に、
      成し遂ぐる者はなかなかに無し。
      打ち拉がれ、乱るる様が差詰めの事。
      獅子の如く貫く事、なかなかに成せず。
      痩せた身を陽に晒し、削られた。
      富士に戻りて慈雨に浄められよ。
      今生の刻を差し上ぐる。」
     
      列島祓い浄め行、本日、ようやく結願とさせて頂きました。
      皆様の御支援、そして何よりお心を添えて下さったからこその結願です。
      心から感謝申し上げます。
                                陽巫

  • 平成29年5月1日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    【御神言】

     「神仏とは、御手を合わせ、我が身を映す鏡なり。
     感謝を伝え、向上を誓う。
     されば滝行とは何ぞ。
     生きる日々の身なりそのものと申し上ぐる。
     ただ打たれ耐ゆるのではなく、ひたむきに向かう姿、
     それこそ滝行なり。
     願う者よ、護摩にてお届け申す。
     たっての祈願をしたためられよ。」
      南無大師
     
     焚き上げ :6月15日 午前11時
     祈願書受付:5/1~6/10必着

     【参列申込み】数に限り無し。〆切り5月20日
       ・寿寿かけ祈願は、神仏へとお届けするものです。すがる思いなればこそ、礼儀たる事、
      御礼を怠らず添えられます様に。(必ず各封に「祈願書」「御礼」と印して、別袋になさって下さい)
       

    寿寿かけ
  • 平成29年4月9日

    【御神言】

     方丈にござる。
     お呼びするには、かくなるやんごとなき次第を伝えるものでござる。
     巫様の身を役目より引き離すべき、その全ては、
     これより起こる悲しい島の在り様でござる。
     およそ三年の後、
     このまま放たれば、何十万の命が、水と炎に飲み込まれます。
     そうなれば、泥の下で、
     「豊かな日の本の島」を我が手にする輩がひしめき合いましょうや。
     いかにや、青き星を守らん為、血を流す争いをとどめる為に、
     「沖縄」この島を守らねばなりません。
     この身は、とうに無くなって然り。
     多くの加護を保って来たのは、正にこの時の為に、と申し上ぐる。
     沖縄は、そびえし砦と伝えましょう。
     勤めを離れ、身を風に任せし後、
     正に今、その時と、指示を放たれたり。
     石垣、西表、水に立ち、砂に立ち、
     天と地を繋ぐる人柱の大きな役目を、今こそ果たされよ。
     この勤めこそ、身の続く限りとお伝えする。
     七日、いや十日、いやいや、
     大地がこの身を放たれた時、その役目を果たし終え、
     その後、焦げ付いた身体から、
     御霊は金の鈴を戴かれましょう。
     およそ、数日後のこととなりましょうや。

  • 平成29年3月15日

    【御神言】

    『呼ぶはアマテラス。
     まさしく乱れし今世、一粒の島に、我が思いを託しておる。
     すがしき御霊揃いて、護国の願い、この地に持ち寄って頂きたい。
     清き神国を護らん為、揃う民には、七福の見返りを差し上ぐる。
     多く集われよ。
     此の度の案内は、「護国願いて七福の旅」と名付けられよ。』
    『寿寿かけツアー、必ずや有り難き旅にしましょうや。
     七つの戸が一斉に開く事、余程無し。
     参拝の心得申し上ぐる。
     願う事無し。求める事無し。
     二つ整えば、必ずや有り難き荷を持たされるでしょうや。
     無垢で来られよ。』

     今年の寿寿かけツアーは9月、小豆島を訪れます。
     ツアー詳細は寿寿かけ便りを参照ください。

    寿寿かけ
  • 平成28年11月7日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    【御神言】
    「大宇宙の陽の力、月の力。
    風を巻き起こし、焚き上げる祈願を受け持つ時、
    各々、健気に努める日々の思いを素直に託せ。
    焚き上がる炎は天に受け止めん。
    龍の眼は節穴ならず。
    まかり通る者、一斉に紅白の札を差し上ぐる。
    言葉につばを吐く者、闇に追い込まるる。
    祈願届けよ。
    天之御中主」

    寿寿かけ
  • 平成28年6月4日

    【御神言】
    「あり得ないもの」
    アグンに向かう前夜、赤い龍が現れ「来るな。」と拒み、
    当日夕刻、大師から「案内の場所にて宇宙と繋がり、火の力を頂戴します。
    決して登ってはならぬ、砕けますぞ。」と制されました。が、念の為支度に身を整え向かいました。
    夜中、アグン麓の寺にて座し、与えられた真言を唱え、歌の様なお経を唱えながら空を見上げて待ちました。
    確かに空一面にあった筈の星が、ゆっくりと頭上に集まり始めました。
    それは、塊程の大きな流星が、アグン頂上の方向に消えたのを合図の様に始まりました。
    金星程の大きな星々がゆっくり動く、見た事のない現象でした。
    「与えた力は必ず多くの御魂を救うだろう。使い果たすべし。見届けよう。」
    との言葉を頂戴し、あり得ぬ異空間にただ呆然と動けずに居ました。
    異次元の風に吹かれ、宇宙の光を全身に注がれました。
    これを日本に持ち帰り、瀬戸内に繋ぎましょう。
    祈願は満願に、日々には百の力を放ち、勤めます。

    陽巫、公章
  • 平成28年5月27日

    【御神言】
    六月十五日、この度の護摩は私が導師を買って出まする。日々追わるる方々へ淀み無き時間を差し上げましょう。
    多くの祈願の届け先は天界なり。
    後に少々の時を頂き、参列のお方には語り伝えたき事あり。
    霊界の話、仏の教え、日々の心得、いわゆる法話ですかな。なかなかにあり得ぬ事となりましょう。
    こぞって足を運ばれよ。
    お顔ぶれを心待ち申し上げる。

    大師
  • 平成28年5月13日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    【御神言】
    「待望の護摩焚きにございます。迷う者、向かう者、求める者、探す者。
    身におこがましきは叶わぬ。しかし、日々努める健気な姿勢なれば、
    喜んでその願い天に届けよう。希望の光を差し上ぐる。天高く銀の龍が
    舞い上がろうぞ。祈願託されよ。」

    ※この日、神道通じればこそ、日々平穏の願いを八百万の神々に届けたい。
    共に心を寄り添い、大地の鎮めを切願します。各々、各所にて、御手を
    合わせて下さいませ。足元が穏やかなればこそ人は歩み勤められます。

    焚き上げ :6月15日 午前11時 導師 弘法大師
    祈願書〆切:6月10日必着とする。

    護摩焚き参列者に限りなし。但し本堂受け入れ可能の数で打ち切ります。申し込みは早々に願います。

    寿寿かけ
  • 今までのご神言

    平成28年5月7日

    【御神言】
    これは4月14日から始まった第一の行場 四国・瀬戸内にて、
    大師が額を床に押し付け、天に懇願なさった言葉です。
    余りに切なく美しい会話でした。
    大師の許しを得て、ここに伝えます。

    4/16 神の声
    「大師よ、なないきの今世に、なぜ歩むか?」
    「はい、本来、人とは愚かしき者ではございません。
    どのように天の声に導かれ、足元に花をいとおしんできたものか、
    なればこその尊き水と受け止めておりますれば、
    貧しき者ひと限りと、このように見ております。
    山も気高く、海は潮を満々と満たし、
    その恩恵を、人は、いかに生かすべきかと心得ております。
    重ねれば欲となりましょう。
    しかれど、重ねればこそのものと心得まする。
    学びております故に、学びる事を尊きものと存じまする。
    私が学びた、いや、学べずに据え置いたものは、
    なるほど尊きものなれど、
    人の姿の生き様には、求めるものとはいきませぬ。
    おごそかに受け止め申し上ぐれば、心とは命あるものにございます。
    心とは、絶望の淵に花を咲かせ、絶望の淵に夢を持ち、
    知ればこそ実るものと存じます。
    お創りになられた「人」とは、心を持っておりまする。
    そうお創りになられたはずにござります。
    絆を編んでおらるる故に、誠、見事と受け止めまする。
    ほのぼのと繋がるる希望の在り方に
    御長けるものの妙を持ちて「ゆうあ」を伏せておられます。
    刹那に方丈の公験たれば、
    生かされし者、見事たくましくおられます。」

    4/19 神の声
    「大師、何を欲する?何を求むる?」
    「はい、ほのかに陽だまりを求めておりまする。
    私が求めるものは、学ぶ術を奪われぬ事にございます。
    怯える事に、幾月かの時を過ごす事は不憫でなりません。
    引力の元に、陽が月が、歩む事を制御なさるのならば、
    なぜ学ぶ者を創られたか。
    潮騒の寂しさをご存知のはず。
    押して引く翻弄の元に、なぜ命を駆け引きのものとなさるや。
    弓を放ちて狩りをするが如く、抱く子を追い、淘汰して、
    それも星のものならば、致し方のうとして、
    人を試すものならば、どうぞこれここにお治め頂きたい。
    私は決して欲は申しておりません。」

    (大師から声を掛けて頂きました。)
    「巫様よ、時というものには色がございましょう。
    只、さ迷いなさるな。
    正しく行う者のそばには、正しく流れる清き水がありましょう。
    心地好く民が寄り添い、あらたかなる動きがありましょう。
    どうぞ常に迷うて、あぐらをかく事の無きように、
    ご神言は並大抵ではありませぬ故に。
    己が正しければ、正しき声と通じまする故に。
    縁は深く、更なる絆を創り上げましょう。
    それはさながら、木の実を食べる小鳥が
    撒き餌にいつか実を整えましょうや?
    その在り様でござりましょう。」

    4/20 大師の話
    「言葉を一つ紡いでもよろしいかな?
    多くの風の生業を見ております。
    様々に、端に又、荒ぶるものがおられます。
    多くしがらみに身を鎖ばれて、長けたるものをも錆びさせてしまわるる人、
    これ又、難儀な事です。

    雪の深い日に、又その日は青く空が澄んだ日でございました。
    一人の女人が高野の門をくぐって参られた。
    女人の背には印が光っておられた。
    この女人を遠くに見つめておりました。
    お背なは剥ぎ取られた傷で痛々しく、
    なれどその傷の奥に、真に光るものを持っておられた。
    又ある日、さ迷う男子が来られた。
    この男子は鎧に身を包み、口元には火を吹いておられた。
    その火は赤き龍の如く。
    胸元には、いつか鎮まる澄みたる水を湛えておられた。
    何とも奇妙なり。 白と赤。
    やがて白は銀になられた。
    龍は龍を呼び、吹く風は二つを束ねられた。
    見て、守りて、絶えず声を掛け、学び舎に案内申し上げた。
    ことおり眼の裏に「我が姿」を映せば、どちらも精なる気を発せられた。
    ほのぼのと呼び合う様を一つの形、これに異ならん真の姿と見受けた。
    私は託しました。
    傍らを、「我が声」を繋ぐ巫と、傍らを、その姿を学ぶ愛弟子と。
    人の姿をどう誘うか、僭越ながら二つを一つと選ばせてもろうた。
    影に、影に、寄り添う「我が声」を邪神と思うて下さるな。
    巫様には、信ずる者を求める姿、これここに差し上げた。
    学人には、同志たる者を繋いで、学ぶべきを与えた。
    さてこの二つ整えば、いかに動くかをほのぼのと見ておれば、
    誠に陽と陽、陽と月、月と水、水と陽、陽と月に治まられた。
    何様にも見事なる相性なれば、これ幸いと見届けた。
    巫様、信ずるものを探しておられた。陽も月もなかなかに手強し。
    万の神々は、勤めには声を出そうが、芯となるものではなかろう。
    私は正しき陽と月を繋ぐ道標となりましょう。
    どうぞ与えられた役上にお勤めなさいませ。
    言葉、仕草、身の置き方に、私は太鼓判を押しますぞ。
    又、学ぶ者よ、表に裏に徹する姿、見事。
    しかし、間もなく自らを柱と築くには、少々甘んじておらるる。
    よく学び、一歩先に知恵を携われよ。まだまだ、まだまだ。
    おっと、これは愛弟子への欲と申すもの。
    さて、この島にてようやく本音を申し上げた。
    どうぞ巫様、身を焦がす程、勤め上げられよ。
    信ずるものを繋ぎましたぞ。」

    4/24
    「今、各所であらゆる執り行いが始まっております。
    暫くは不穏な地響きが続く事でしょう。
    巫様よ、行場は更に続きますぞ。
    アグンの火の神は険しき故に、何人たりに力は貸さぬが、
    指図に従いて道を向かえば、真中に玉を差し出されましょう。
    授かれば、六月忙しく瀬戸内に向かうべし。」

  • 平成28年4月12日

    【御神言】
    「瀬戸内海に大揺れの兆しあり。
    鎮めよ。
    四月十五日より五日間、指示の場所に立ち、人柱となりて天地を繋げ。
    五月末よりバリ島アグン山に向かい、火の神の力を預り、再び瀬戸内海に向かうべし。
    起こる大難を、出来得る限りの小難に治めよ。
    この行、難儀なり。」

    既に鎮め行は夜中夜中始まっており、まやかしや身体の痛み、悪夢による不眠等、御言葉通り大行となりそうです。
    行中、皆様に同行をお願い致します。
    簡単です。
    私達を心の片隅に思い出して下されば良いのです。

    陽巫. 公章
  •  
  • 平成28年3月1日

    【御神言】
    「結願の阿蘇には多く鈴が置かるる。訳ありて歩めぬ者は、ゆかりの場所(寿寿かけ社)に集うが良い。
    紅白の紐は全て天の世の神に通じる。五社詣り、誠に深き旅となろうぞ。」
    3月10日、寿寿かけ特別参拝日とします。
    午前9時より5時間のみ、寿寿かけ社の門を開けます。午後2時閉門。
    特別祈願なさった方も含め、五社詣り叶わなかった方、ご自由に参拝下さい。申込みは不要です。

  • 平成28年2月8日

    【御神言】
    『「お四国流れ行」は、阿弥陀と重なり薬師の力を呼び覚ます行となる。折々に呼びたる社に立ち、札を受け取られよ。背負う祈願は
    、常々悩まされる持病への懇願の改善、回復とせよ。』
    さて、三月一日より十日間の行を勤めます。
    年に二度の寿寿かけ「護摩焚き」には多くの祈願書が託されます。
    が、常に引きずる持病、ふとよぎる痛みへの不安、原因の判らない痛み、これら御自身の事を託されるお方は余りおられますまい。
    この度の祈願は、いつも後回しにして、ふと思い出すあなた自身の身体への不安を請け負います。祈願書は二月二十五日迄必着
    の事。
    ※商い、縁談、家族、その他は一切受け持ちません。

    陽巫

  • 平成28年2月6日

    【御神言】
    【三月の暦】
    本日、新春の時、伝ゆるは三月の暦。
    元日より巫行、四国。およそ十日の行とする。
    つらづらに特別祈願請け負いて、案内する地所と繋がりて、
    満願の矢を背にたぐわえ、先々に言葉繋がれよ。
    高知より始まる行とする。
    三月二十七日より三泊四日、五社詣りとする。
    多く集いて薩摩、日向、阿蘇へ案内せよ。

  • 平成28年2月5日

    【御神言】
    【伊勢詣り】
    集い拝する喜び多き日でした。
    親しき笑みの溢れ、誠に良き友の輪を見せて頂いた。
    「寿」繋ぐる寿寿かけに相応しき集いでありましたな。
    和みて笑い声高く、拝する姿は各々真摯におられた。
    先達の心構えには、すがしき様を見て取ったり。
    微笑ましく受け止めて、穏やかな一年をお約束致しましょう。

  • 今までのご神言

  • 平成27年11月20日

    【御神言】
    夢を見ました
    純白の鳥が舞い降りて 紐が結ばれた白い紙をくわえて湖から飛び立ちます
    よく見ると 鳥は鶴でした
    物凄い数で 一体何羽位いるんだろう と思っていたら
    どなたかが 「千羽」,と 答えてくれました
    鶴は紙をくわえた順に 水しぶきをあげて 飛び立ちます
    紙には 「祈願書」, と 記されていました
    「あぁ,今度の護摩焚きには千羽の鶴が祈願書を届けるんだ」 と 教えられました

    陽巫
  • 平成27年11月11日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    【御神言】
    『寿寿かくる。切なる願いを託されよ。
    多くの夢を叶ゆるぞ。暗雲開きて、陽に月に天の真中に届くるぞ。内なる声に響かせば、
    六感みごとに働きて、汝の願いを満たするぞ。
    年に二度のみの祈願護摩、病、商い、縁結び、さてさて此度は、こよりも多く託された。
    切なる者こそ願われよ。  七福神 』
    12月15日、参列者には、数に打ち切りあり。
    此度の護摩には、一層の意味あり。
    無心に御手合わされば、歩みに繋ぐ利益あり。
    申し出は急がれよ。
    祈願書〆切:12月10日必着とする。
    焚き上げ、12月15日午前11時。
    寿寿かけ

  • 平成27年9月6日

    【御神言】
    タイ国にて二つの島を繋ぎ浄めました。
    夜は常の如く大変な行場でしたが、寿寿かけの行く先を、
    改めて強く知らされました。
    「生きる」とは大変な行ですが、与えられた生命を精一杯楽しみましょう。
    何もせずに諦めるより、嫌と云う程努力せよ。
    後悔ほど苦いものはなし、悔いる事に慣れてはなりません。
    列島鎮め行はこれにてようやく終了、神仏より労いを頂戴しました。
    以下御神言、
    『十月九日早朝から、およそ九十時間程のみ、神域の門を開く。
    覚悟を持つ者は我が元に立つが良い。』
    指定の場所は北海道神威岬、海に立つ立神です。まさにその刻に開かれる神々しいその姿に、圧倒されませぬ様に。

    陽巫、公章
  • 平成27年7月30日

    【御神言】
    本日、絶望の吹き溜まりを祓い浄める。
    それは、けたたましい負の叫びを発し、
    生きる者を引きずり込む、おぞましき吹き溜まりである。
    入口に立つ時刻は午後一時。
    各々に願いたい。
    一分でも「成仏の願い」を御手合わせ、
    役目に立つ者の身を案じて頂きたい。
    各々の真白き想い相通ずれば、無事、役目は果たされよう。

  • 平成27年6月16日

    【御神言】
    『「生命」を問い掛ける者、「学び」に答える宇宙、
    二つを繋ぐ音響、それこそが「経」である。
    人は希望を持ちて歩まねばならぬ。
    諦めてはいけません。努力を辞める事は罪なのです。仏陀』
    祈願護摩、見事焚かれた。確かに預かりましたぞ。

  • 平成27年5月24日

    【御神言】
    護摩焚きの日、社にて、星と大地を繋ぐる「始まりの経」を伝ゆる。
    そもそも音を響かする事こそが「経」の始まりです。
    その音色は、静かに身に染み入り、脳を揺さぶり、
    聞く者を起こすであろう。
    常に耳に残るが、決して真似できぬ経である。
    心洗うて差し上げようぞ。

    シダルタ
  • 平成27年5月3日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    【御神言】
    「これまで多くの祈願叶えた。
    健気に努める者、真摯に信ずる者、
    いかにおらるるも、社にて焚き上げた。
    全ての祈願は必ず天に届く。
    各々に身なりが整うまで、必ず預り持ちておりますぞ。
    さあ、思い込めて託すが良い。
    叶うぞ。」
    祈願書〆切:6月10日必着とする。
    焚き上げ、6月15日 午前11時。
    参列者、24名にて打ち切り。
    我欲を捨て、一心に御手を合わせるお方のみ許さるる日ぞ。襟を正して参られよ。
    寿寿かけ

  • 平成27年1月15日

    【御神言】
    さざれし島には満々の光が注がれます。
    参られよ、集われよ。多くの災いから逃れるには、
    救いの知恵と感が必要です。導きましょうぞ。
    各々に知らせましょう。その地を友に伝えよ。
    友は更なる友に伝えよ。向かう一歩から、
    全てが一瞬にして変わります。
    ・加計呂麻島にて生命を繋がれよ。病に立ち向かう者に
    在り得ぬ光が注がれましょうぞ。
    ・沖永良部島には訪ねる者を案内する精霊が
    待ち受けましょう。必ずの守護となりましょうぞ。
    日は3月12日~15日迄の同行とする。
    ・与論島には未来への正しき地図が示されます。
    示す場所に立ちなされ、天の声が誘いましょう。
    向かうお方は島の中心に立つべし、そこは「舵引き丘」
    ※ツアー詳細については「寿寿かけ便り」にて早々にお知らせします。

    先達 陽巫、公章
  • 平成26年11月17日


    アグン山祈願登山、聖者8名、先達2名、険しい岸壁を必死によじ登り、預り持った切なる願いは、
    無事天界に届けられました。挑む者、待つ者、各々の思いは一つです。
    頂きにて御神言を頂戴しました。
      【御神言】
    「祈願を持ちて挑む神域は、いかに負担多き事でしょう。
    聖なる御霊寄り添いて、ようやく神域に託された願いです。
    ようこそ届け賜われた。
    これ程に清らかな思いを見届けたのは、幾刻久しかろうぞ。
    必ずの約束と心得ました。
    各々然り、守られたり。寿命のその時まで、我、羽衣となりましょうぞ。」
    又、この度のバリ行きには、多くの方よりご支援頂きました。
    心から感謝申し上げます。

    先達 陽巫、公章
  • 平成26年11月8日

    【寿寿かけ祈願護摩の御案内】
    御神言
    「この度の護摩焚きに舞い降りるは七福神。
    あらゆる願いに小槌を振り、福の団扇をあおぐぞえ。
    俵をほどき「えいさっ」と米粒を振り撒けば、
    幸福が芽を吹かすぞえ。
    我こそ成就にあやかりたやと願う者は、こぞりて祈願申し立てよ。
    叶うぞ、叶うぞ、叶ゆるぞ。」
    祈願書受付け、11月15日より12月10日必着。
    焚き上げ、12月15日(月)
    我欲を捨て、一心に御手を合わせるお方のみ許さるる日ぞ。襟を正して参られよ。
    info@suzu-kake.jp

    寿寿かけ 公章宛
  • 平成26年9月16日

    【御神言】
    「バリ、聖なる山に双頭の金龍舞い降りて、清くすがしい者達を出迎ゆる。この時天より差し出す光に、たっての祈願を託すが良い。常々、身に痛ましき者よ、願い出るが良いぞ。八の聖者の無償の愛に、天の雫をもたらする。」
    神言に沿い山を目指します。預かる祈願は「病い」のみです。長命、安泰、又、他なる願いは一切受け持ちません。
    病いにより、日々不安の思いに震えるお方々は、切なる願いを祈願書に託されよ。八人の聖者を従えて、山頂にて必ず天に繋ぎます。
    寿寿かけ

  • 平成26年8月29日

    【 御神言 】
    バリ島にて聖なる山に宇宙の力が繋がるる。
    供するは8名、世に必要なる役上を持つ者のみとする。
    一瞬の刻を目指す者よ、難多き山なれど、相応しき力を与ゆる。
    早々に名乗りを上げられよ。
    ・日 程:11月12日~16日(3泊5日)
    ・申込み締切日:9月19日(金)
    ・申込み方法:氏名、パスポート記載アルファベット表記名、連絡先(TEL)を記入し、 
    FAXかEメールで寿寿かけ宛に送信下さい。
    ファックス :
    Eメール : info@suzu-kake.jp
    御神言により選抜後、同行者当人に直接ご連絡致します。

    寿寿かけ
  • 平成26年4月28日更新

    【 神言 】
    「桜の開花と共に、霊界の門がパタパタとざわついております。
    この頃、人の脳に障り多し。何事も諦めず貫く努力を怠ってはなりませぬ。いかなる時も天界の加護あり。
    迷えばすがるべし、止まれば問うべし、正道へと案内するぞ。」
    御神仏より次なる御指示を頂きました。
    「世に迷い人多し、すがる者全てに応えよ。
    動けぬ者には出向き、あらゆる導きを差し上げよ。一切に応じる更なる神通力を託す。無駄に腐らせず、
    嬉々と勤め上げよ。
    今よりまさしく巫の生業を果たすべし。」
    よって寿寿かけは、相談所のみならず、いかなる地所にも馳せ参じます。事業の足止め、身体の事、
    様々な障り、祓い、供養、陰陽、気になりながらも蓋をしておられるお方は迷わずご連絡下さい。

    陽巫、公章

    通ずるは、各相談窓口 或いは 寿寿かけお問い合わせinfo@suzu-kake.jpにて。

  • 平成26年3月15日更新

    【 御神言 】
    ベトナムツアーについて。
    今回の旅は,誠に豊かな穏やかるものです。
    ただ御身一つ持てばよし、数珠は不要です。
    合わせる御手と素直な心のみあれば、ただ頂戴するありがたい旅となりましょう。

  • 平成26年1月7日

    【 御神言 】
    「ベトナムへの誘い」
    乱るる世の中、息も絶え絶えの人の有り様、慈悲を差し上ぐる。
    呼びたる大地に、選りたる者のみ、多大な恵みを受けるが良い。
    集う者に加護あり、又、天の役上あり。
    巫を添ゆる。我こそと名を上げよ、羽衣に包みて差し上ぐる。

    天之御中主
  • 平成25年12月16日

    【 御神言 】
    「総(すべ)たる願いは受け止めたり。御子よ、歩まれよ。」
    150通の祈願書は、見事なまでの炎に焚き上がりました。各々、恥じぬごと努めなさいます様に。

    寿寿かけ
  • 平成25年9月20日

    【 御神言 】
    「巫とは、肉体の一切を天に預け、天と繋がる。
    己の意志を無とし、ただ天のみに動かさるる。
    行く先も、声も、水を飲む瞬間にも、天の意のままとなる者の事。
    これより始まる行は、巫行とする。
    瞬く星の力を転々と拾い集め、脳より無駄な知識を消し去り、
    ただ通ずる者と育てる為の行。
    忙しく、必要とする地所を言われたままに歩まねばならぬ。
    向かうごとに、声を差し出し、
    行く先重ねれば、指は文字を写し出す。
    さあ、参られよ。」  天照皇大神
    神言に従い、ようやく繋がる者への行が始まります。
    頂戴する「お経」には、見事な波動が生まれ、
    手記により描かれる「お札」には、あらたかなる力が託される事になります。
    これより完全なる誘(いざな)いに身を委ね、
    必ずや多くの力を神仏より受け止め、
    荒むお方々へ、世助けの巫となる覚悟です。
    行場にて、様々なる力を、この身に積んで参ります。
    寿寿かけに集う皆様には、何卒、お一人お一人にご負担のない程のご支援を、
    深くお願い申し上げます。

    公章

    支援金は、一切の我欲なく「神言に従う行」のみに使わせて頂きます。
    ■みずほ銀行 福岡支店 普通2714304 
    ■(名義)寿寿かけ渡部公章(スズカケ ワタナベコウショウ)

  • 平成25年8月4日更新

    【 御神言 】
    縁(えにし)、笹の如し。むざる世にさざるる。
    よしんば風の如く通り過ぎようとも、今世(こんぜ)、すめのうの川なり。
    むざるな。
    川の流れとは、無への道のりなり。逆らえるものならず。
    それ故を学ぶのが、人の定めと知るべし。
    深く湛(たた)ゆる運河あらば、行く先涸れた川もあり。
    凄まじき流れもあれば、淀み 動かぬ河もある。
    塞き止める石は、学ばぬ者の「垢(あか)」と知るべし。
    学ばぬならば、気付くまで待つのが天の教えなり。
    声を伝え、背中を押しても、本人のみに動く石なり。
    『 訳文 』
    縁とは風になびく笹のようなものです。ただ通り過ぎるものもあれば、葉を擦らせ寄り添う事もありましょう。
    人とは生かされる者です。生まれたその時から、与えれらた人生を歩みます。
    その様を川に喩えましょうか。
    与えられた川には、様々な形、流れがありましょう。しかし、決して決まったものではありません。細く長い川でも
    深く清く水を湛えれば、その川には心地良く魚も群れますが、浅く、又は濁れば、水を飲みに来た生物をも絶や
    すはめになるでしょう。
    深きとは、気付き、学ぶ表れです。浅く、濁るとは、学ぶ姿なき事の例えです。
    人とは学んでこそ、無の世界に帰れるのですよ。川はあなたにこそ、生かされるのです。

    陽巫
  • 平成25年6月14日

    【 御神言 】
    6月24日、25日、26日、三日の間のみぞ。
    天界より凄まじき力が注がれます。
    日向の地、「上祝子の岩戸」なる聖地です。
    素直な心一つ持ちて立たれよ。
    授かるは、いかなる困難にも負けぬ底なしの根性。
    病には打ち勝ち、苦難こそを乗り越ゆるぞ。
    日々勤める者に、大いに応ゆる加護あり。
    こぞって行くが良い。
    天之御中主
    【ご案内】
    延岡市北川町大字川内名(かわちみょう) 
    祝子川(ほうりがわ)温泉 美人の湯(0982-23-3080)を目指して下さい。
    そこから徒歩10分程度の所です。
    店で土産などを買われてお尋ねになると良いでしょう。

    公章
  • 平成25年5月30日更新

    【 御神言 】
    この社、誠に静寂なり。なれば見事にあらたかなり。
    刻をきざむ事なく ゆるやかに精霊の棲む処なり。
    心身に大いなる加護を頂き持ち帰れば、いかなる難問にも応えあり。
    精霊と繋がるには日を限る。
    6月前半、3日より7日間ほど。
    7月中旬、9日より8日間ほどの事。
    時間を忘れ、心身を満たされよ。

    陽巫

    赤城神社  群馬県前橋市三夜沢町114

  • 平成25年3月30日更新


    4月14日ファックス必着分をもちまして、スペインツアー申し込みを締め切ります。
    それ以降の申し込みにつきましては座席の確保ができない場合がございますので、
    参加御希望の方はお急ぎご連絡下さい。

    公章

    【 御神言 】
    「ロンダ山脈に繋がる神世からの贈り物は、予知能力です。
    幾人のお方が恩恵を授かるのでしょう。
    この旅こそ、我こそと欲すべし。」

  • 平成25年3月15日更新

    「寿寿かけツアー」とは御神言に添い、天地繋がる一瞬の地・刻に皆様を案内する旅です。

    陽巫

    【御神言】
    「 ユーラシア大陸のヨーロッパ州に繋がるのは、この6月の旅を最終とします。
    後にこの地方の多くの国が乱れ 訪れる者を拒むでしょう。大きなマイナスのエネルギーがこの州を
    すっぽりと包みます。
    この度のアンダルシアには、だからこそ 注がれる最後の力 を、受けいただく旅となります。
    迷う事なく同行なされ。
    ロンダの岩壁に さらさらと注がれる加護の力を御身にまとう深い旅となりますぞ 」

  • 平成25年2月20日

    御神言を伝えます。
    「寿寿かけより案内致します。
    この度のアンダルシアには、天地通ずる大気より予知の力を授かります。
    荒ぶる大地に立ちすくまぬ様、乱るる人の世に迷わぬ様、天より降り注がるる一瞬に、
    繋がれるかの地に立ち、授かる旅となります。どなたも大いに参られよ。」

    寿寿かけツアーとは、ただならぬ旅です。
    アンダルシアにこそは、私もぜひとも参加したい程の思いですが、身が叶わぬ故に、諦めざるを得ません。
    皆様、天の御柱に包まれ、充実の未来への御力を身にまとわれて、こよなしの旅を満喫して下さいね。

    陽巫
  • 平成24年12月4日更新

    【御神言】
    神言にてお伝え致します。 「日々 刻を待つ者を この度の祈願護摩に添ゆる。
    混沌の世にはびこる悪鬼を 祓いて 天界への虹をかけよ。
    今こそ 生かされたる意味を知り 役目に勤めよ」
    今朝 神仏より ご指示を賜りました。 12月15日は 公章と共に 社に勤めさせて頂きます

    陽巫
  • 平成24年10月12日更新

    【御神言】
    暦の言葉には不思議な力があります。
    「たゆまぬ方々への道標なり。各々励み自己をみつめなされ。
     歩む道は長く尽きぬ道なり。止めることなく歩めばこそ 答えあり。
     ただ問う者、 何事とて 見つからず。
     歩めばこそ 応えあり。
     10/19 10時15分から およそ5分 北の神と繋がります。
     どなたも御手合わせ 己が足元を問うが良し。軌道修正の時を 授くる」

    陽巫
  • 平成24年9月12日更新

    【御神言】
    どなたこなたに限らず 人の道なり
    個々あればこそ 人の道なり
    授かる指図に 迷い知ればこそ 人の道なり
    海原ならず 大地に歩む人の姿なり
    ここそこに花は咲き そぞる人の世に 鈴高らけきものなり
    世の中 うつつなからば 捨てたものならず

  • 平成24年5月16日更新

    【ご神言】
    5/16,17 この夜の月は強烈な波動を伝えるものです
    姿をあらわそうが、あらわせまいが、その力は、正しく強し
    16日 21日~23時 
    17日 20時~23時 
    夜空を仰ぐべし

  • 平成24年1月7日更新

    【御神言】
    北海の荒波に守られたる福神の門あり。 
    その利益多大なり。
    欲する者は向かうべし。
    今年100年に一度の開門なり。
    北海道神宮 
    刻 二月十五日よりおよそ三日の間のみ。
    真っ直ぐに繋がる七福の大船。
    懐に託さるるぞえ。

  • 平成23年12月3日


    さて今回の護摩にも多くの祈願書が届きました。
    150通の封中にしたためられた切なる願いです。
    成就に向かうに無用なる一切のものを浄め、
    印を結びて、天より舞い降りたる龍の背に託しました。
    但し、進むも、進まぬも、全てはあなたの
    日々の姿だと云う事をお忘れなく。

    陽巫
  • 十一月三十日

    【護摩焚き前日の寿寿かけ社にてのご神言】
    花咲く日々に身を勤め、
    多くの民に幸、福、善を届くる年月
    誠に誠に勤るものなり。
    最後の勤め、いかに天と繋がる社か、
    今度の祈願護摩は成就多きものでしょう。
    花咲く社なり。
    咲かすに勤むる者、次なる座に座す者は、
    師を尊び師に仕ゆる者、見事新たな柱への建立あい成りました。
    翻弄に焦がされた肉体、
    これより病む者への身代わりとなる行へと向かいます。
    勤めとは誠に酷なもの、なればこそ生き抜く姿、美しきもの。
    はてさて、いかほどまで続くるか、天地見守り、
    差し向くる行への火にまとう身を しかと受け止むる。
    残り果たする勤め、先ず護摩火の仕度伝ゆる。
    丸に握った弔いの飯 五十
    塩 二包み、百合 十八、水 二升、
    護摩堂祭壇に添えなされ。
    祈願に邪魔なるもの一切の浄化に結ぶる経、心経七つ。
    これより祈願護摩に整えなされ。
    明日十一時、一刻とて乱れぬように。

    天照
  • 十月十二日   自宅21時30分

    【陽巫を通じて公章に繋がれた神言です】
    さあ書き留めなさい。
    電波を止めなさい。通信に無要なものを止めなさい。
    トランスに入っている者に、私の声を繋ぎます。チャンネルを合わせます。
    今、長く時を過ごせば負担も大きくなる。必用な事のみを手短かに伝えます。
      
    天地繋ぐ力の中に大きく物事が動いている。「アンテナ」となる者は大きな負担を担う。
    率直に言えば、次に行う護摩焚きの時、
    そこに居るだけで、多くの願望があり得ぬ世界に届く事になるでしょう。
    パイプラインとなる者は身を焦がす事になる。その日より意識が遠のく事多くみられるでしょう。
    そして、この身も又、人目を避ける事になります。
    あなた方は「テルパル」という名の元に繋がります。
    一瞬の時、互いに姿を確認し、互いの生存を確認するでしょう。
    一定の距離を置かねば重なる事はできません。
    やがて梅の花の綻(ほころ)ぶ頃、あなた方は再会するでしょう。
    その時、二なりは一つに結ばれます。
    果てしなく清きものとして常に常に磨かれる。魂とはいかなる場にも光る為に存在しなければなりません。
    肉体とは陽炎のようなもの。肉体あればこそ、生じる感情もやがて新たな形に飲み込まれます。
    神化とは、そのように繰り返されるのです。
    いかに抵抗しようとも肉体は動かず意識のみが無限と飛ぶのです。
    そのさまはどのようにもがこうと、どなたにも止める事はできません。
    横たわる身体を起こす事はできません。
    どのような感情に苛まれても責める事はできません。なぜなら応えられないのです。
    脳の萎縮(いしゅく)が始まります。魂を開放するに必要な事だからです。
    意識が強ければ、魂は自在に空(くう)ずる事はできません。
      
    あなたは観音の知性に向かう事になります。
    何故にと問われれば、私が観音の案内の智、処置に立つものだからです。
    観音とは宇宙の無限への大きな光です。
    愛、知恵、知、無垢の者に無限の力を繋ぐものなのです。
    日の光ならず、闇に通じ陽に導く力です。
    決して手を差し延べず、手にすがるものを導く力です。
    無慈悲こそ、慈悲なのです。無慈悲こそ、愛なのです。
    その姿が観音の姿。
    あらゆる苦をあらゆる形に繋ぎ、それに向かう者には細く長い次なる道を差し上げます。
    無慈悲に相向かう者こそに、慈悲あり。慈悲を得た者にこそ、南無の愛が繋がれます。
    愛は月に知恵をもらい、陽に力を授かり、生き抜き、阿弥陀の眩しきほどの金色に迎えられます。
    観音はそうした門の一つです。厳しく又、深く人たるものを包みます。
    学ぶ事こそ生きる意味だと諭す姿です。
    さてこの身に、伝ゆる次なる試練は孤独です。
    多くの無限の愛を知り、そして又、かつてなき深い孤独に放られます。
    孤独はいかようにも神経を病むもの。
    どのように生(お)り切られるか誠に期待を持ちて見守るものです。
    友に守られても、友に囲まれても 次に向かう『無限』に必用なる無への孤独こそが慈悲に繋がるのです。
    既に察知は受け止めているはず。
    二つの御霊は絶えず求めるでしょうが、離るる事こそ一つになるもの。
    抗(あらが)われず静かに魂のチャンネルを合わせなさい。
    何が起ころうとも急いではなりません。
    幾百の時より、今世に渡りて結ばれたる魂の形を乱してはいけません。
    私は絶えずこの魂の有り様を見ています。
    お互いを求める者こそ お互いを尊重し、傷付け学ぶのです。

  • 【 神言 】
    信心深き者よ。
    こよみ9月9日より およそ27日間。
    病に救いの力がそそがるる。信濃 戸隠奥社。
    すがしく、気高き社なり。
    冬には、全てを拒む社なり。細く続く参道には、それ相応の含みあり。
    ゆるりゆるりと歩みて 奥にたたずむ社へと向かうべし。
    この折の御利益は、まことに摩訶不思議なり。
    ただし、27日間のみ。いただき物は、身体への守りなり。
    いかなる病にも回復のきざし差し向けらるる。
    天照(あまてらす)

    平成23年8月3日

    【 寿寿かけ富士祈願登山について】
    本来、霊山とは登るに向かぬものなり。
    姿に陽を照らし、脳に戦慄をいただくものなり。
    この度の登山には、ひとしおの思いあり。
    乱るる神国への地固めと心得よ。
    道筋はひとつのみ開かるる。

    うかつなる者寄せつけぬゆえ、心して歩まれよ。
    とき、8月28日~29日。日もこれのみ。

    平成23年7月24日 陽巫
  • なまりのごとき人の世にはびこる悪気が渦巻きてあちらこちらにからみまする。
    傷まみれの青き星は、もはや自らの力を表わしました。
    己で護らねばならぬところまできているのです。
    世界のあらゆる地で多くのけたたましいひめいが響きます。
    生きる者、死ぬ者、天の力ならず。
    まして人の有り様に人の支配ならず。

  • 2月24日  アグン山の麓にて

    さてさて巫よ。
    暦にさし上げたる月日に半ば死に様を思う日々。 
    「生き尽くす」とは 
    程遠き有様を見ておりましたが今,ようやく学ばれたる御様子。
    刻を忘れてむさぼる有様こそを、「生き尽くす」と申します。 
    汝、身にたくわえたる全たる力を世に放つべし。更なる使命に身を焼いてこそ巫の姿なり。 
    日々の脳のめぐりに, ようやく行き先を見つけられたかな。 
    これより天命と向かう名を「陽巫」とあらたむる。姿なき苦しみにのたうつ世の為、人の為、
    これより先こそ身を削る行場となろうや。守りとなる対の弟子も そろわれた。
    限られた刻ならばこそ、焼かるる苦の間におびえたる人々を救うべし。巫よ,たくましく
    生きられよ。女女しく刻を無駄に過ごしてはなりませぬぞ。
    かせたる幾年の行を、ただただ己の行と思わるるか? 
    世に尽くせばこそ、天より護らるる役上なり。
    成せぬ巫をむざむざと成せぬままに見殺すとお思いか?
    成しとげればこその苦行なり。巫よ、ゆるりと過ごす虚しさをお望みか? 
    ならばさし上ぐるぞ。 尽きぬ苦なれども、満ちあふるる正義に向かわるるか?
    陽の御子ならば、選るはひとつのみぞな。
    本日より、様々なる悪気・悪臭にとらわれ、目に見えぬ恐怖に おびやかされたる
    お方々への祓いの勤めに出むきます。
      
    窓口でのお役目にて愛弟子が持ち帰る難問に、陽巫が見てとり、あきらかに霊障と
    見極めれば後に必ずの解決にお繋ぎいたします。

    陽巫
  • 多くの方のご支援のおかげで、巫女修行最終のメキシコも余る程の教えの中、
    無事に勤め上げることができました。
    今又、日々の勤めに奔走しております。
    さて、メキシコ行中に頂きました神言の中より、又、その後の神言より皆様へ
    お披露目するものを、神仏からの指示により、御神言コーナーにてお伝え致します。
    前回同様、私の寿命について、いくつかのあり様をつづられております。
    ですが、ご神仏の意図は、今後の「寿寿かけ」の在り方についての皆様への
    お知らせなのです。
    私無き後、白羽の矢を立てられた愛弟子公章の目、耳、手足を通し、皆様が
    なお深く神仏とつながって生きる充実を預かれますます事を、私陽乃子も陽となり、
    月となり、「寿寿かけ」にお勤めさせて頂きます。
    神言のアップは早々の事となります。
    長い神言なので携帯からではなく、ホームページにてお読み下さい。
    それぞれに山あり谷ありの一年でしたが、この一年ヘドを吐く思いの方に、
    必ず温かい陽が照る事を来年に結びます。<

    陽乃子
  • 皆様 お元気でいらっしゃいますか?
    年末年始の各地での開運経のお勤めを終え、今後の身のふり方だけを考え続けて
    おりましたら、最後のお参りの頃に原因の解からない病気のお方や、「霊現象」としか
    云われぬ苦難の数々にふり回されておられる一家等、神仏よりすさまじきお勤めに
    縁結ばれました。 
    後日届く良き知らせに、「祓い」こそ、私のこれからの役目と知らされました。 
    けれど覚悟を決めても残りわずかの刻ならば それも中途半端な結果になり、
    周囲をふり回すだけ、と半ばゆらぐ幾日でしたが、ようやく、
    神仏から 御神言をいただきました。

  • 2月22日より5日間の聖地での御神言です。

    12/16 富士宮 新居にて
    木花佐久夜毘売命より
    あなた方をいつも見ていました。
    天に従い大地を歩む姿は、正に清々しく陽乃子とは正しくあるべきの姿。
    又、歩む行者に帯びたる清しさ。
    あらゆる者を呼び繋がりましたが、素に等しく在る者、在り続ける者は、無きに等しい。
    今世、欲々深くあるものと見る。引き換えるに何を求むる。
    民は力を無償とする事成せず。引き換えるに汝の欲を求める。
    今、縁に結ぶもの、又清しき賜物ばかり。富士の胸元に理屈なし。
    天性に応ゆる素の心のみ求める。よう来られた。
    天より繋ぐに相応しき寿寿なる御霊の寿寿なりの力
    咲かせましょうぞ。

  • 12/11  鈴鹿にて


    伝えなければなりません。残りわずかな時、万に一の後悔を残さぬ為にも、この事を伝え、
    虹の橋を託すものです。
    献身なる身体には、誠に切なき重荷でしょう。しかるに託すものもあり。
    行く先への勤めに、全うするには及ばぬものを託す思いです。
    甘んじる身には、今少々の無理を見てとるものです。よく聞きなさい。
    一月早々に寿寿なる花への架け橋は虹の如く架かります。
    その後、二月およそ身のもたぬ日々が続く事に行脚の勤めに日も夜も枯れ果てる事
    になります。
    汝、引き継ぐ者なれば、多くの日付を申し渡す。契約二月初旬。
    これよりめまぐるしく居移りの仕度、清掃など多くの人より力と愛を注ぐものでしょう。
    お伝えした屋敷にて、幸福の輪を繋ぐ寿寿の花の全たる模様に向かいます。
    名を「プチホテル)」としたためます。
    開店の運びは三月十二日。繁盛を受け渡すにはこの日のみ。
    何事あろうとて、この日を開店となさるべし。
    巫女におきては、そこまでもたぬ身体の日々極めたり。
    最終行とはそこまで苛酷でした。浜木綿の地にて弔い、イザナミの懐に戻されよ。
    黄泉の力にて浄まらるれば、守護神の名に相応しき姿に須弥の金子をまとわるる。
    誠に寝姿の如く息絶ゆる。
    決して騒がず、とうとうと受け止めるべし。名も無き聖なる花の安寧の表情を刻みなされ。
    この時、汝、決して戸惑わるるな。
    それより二十七日、身元に立ち、清き御霊の合わさるる。
    イザナミの日向にて浜木綿の白き姿を称ゆる。切なる思いなれど、汝等重なる奇跡の時を
    、天界の決め事と受け、後、世の為、陽の為、月の為と勤められよ。

  • 11/29  メキシコシティにて


    天界と大地を繋ぐには、盾となる人柱が必要です。
    悪臭はなはだしき今、各国に、行と伝え、ゴミさらいの如く、浄め祓いてきました。
    完璧なる人柱は五百年の年月に一つのみ。
    今、この地を選びたるは、憎悪の渦はなはだしい様に、行く先あまりにもむごたらしき
    この地のあり様を救う為です。
    行終えてこの地を離るれば、幾月かの内に、この地にのしかかる悪臭の様は、
    やがて各国に伝わるでしょう。
    火が放たれ多くの人々がおぞましい憎悪の渦に操られます。
    いかに人柱を立て、その醜態を削ろうとて、無理はなはだしく困難です。
    本日浄めの日と致します。
    揃われた選りたる方々に、この身を呼び戻されねば、一気に渦を体内に吸い込み、
    目も再び開かぬ事になるでしょう。
    救い神は整えました。
    皆々そばにて呼び戻す事念じ、手短かに勤めを終わらせます。
    今宵、天地繋ぐ刻は十一時。
    およそ一時間に及ぶ人柱行となりましょう。

  • 11/28 テオティワカンにて 公章への言葉


    絶えずあり得ぬ出来事を目の当たりに見ることには、もう慣れたでしょう。
    ゆかしく、ゆゆしく、りりしく身を尽くすあなたの師は、いかにも育てられたものです。
    過ちを犯さぬよう、誤りを口に吐かぬよう、心身に育て上げたものです。
    真の師と呼ぶには相応しき存在でしょう。
    日々の言葉に察するものは深くあります。
    しかし人が人として生きれぬ今の時の流れに、神と通ずるおごらぬありさまを託す事は、
    いかに世の中が乱れようと、真実を求める魂の探す場所なのです。
    あなたはあらゆる場面を見てこられました。
    ここから更に始まる多くの奇跡を見続けるでしょう。
    あなたに託したのは、生まれ持つ月の力、それにも増す陽の力です。
    まだ少し、目覚めるには機も熟しておりません。
    花咲く頃、案内する山にて、目覚めの時を差し上げます。

  • 11/28  テオティワカンにて

    時を経て、人々は豊かに命を繋いだ。
    行く行く大きな大地の揺れが、この星を見事に磨き上げるだろう。
    あとわずか三百年程先の事です。しかしこの時をただ見過ごす事はできません。
    極めて清き魂のものに託す事になるでしょう。
    日毎に汚れゆく青き星を我々も見捨てる事はできません。
    ここに集めたのは、青き星の真の柱となる日本の
    行く先を教える為です。
    何を守るではなく、何を始めるかなのです

  • 10/24  静岡神棚前にて

    急ぎます。
    なぜなら時が間近に迫る頃、一つの形を整えねばなりません。
    「ユーア」に繋ぐ人柱を造り上げねばなりません。
    幾百の年月整え、いくつかの御霊を今世に結びました。
    今こそ時の繋ぎに、この身を拝ぐる時です。
    御霊は、いいえ魂は輪廻に沿い、つつがなく勤めております。人は言うでしょう。
    「なぜこの身を」と言うでしょう。魂の在り方に勤める者のありさまなのです。
    いくつかの仕度を整えなければなりません。
    収容可能なスペースを見付け、そこに繋ぐお方々を呼び集めましょう。
    今年末日には全て整っております。翻弄さるる事も多々ありましょう。
    ですが、この指示に背く事は出来ません。何も迷わずに私に全てを託しなさい。
    先に伝えた「フィンドホーン」の書物に目を通しなさい。
    行くべき道の一部始終がそこに記されております。
    「シューワツ」とは 身を尽くす者への呼び声と知りなさい。
    およそ思いに沿わぬ、あるいは想像できぬ事が始まります。
    必要なものは全て準備されています。
    人の脳に思いもよらぬありさまを、これより創り上げましょう。
    「ケゲムケゲカ」いわゆる疑うなかれ。
    そうあるものの世界です。
    個々、思いは乱れますが、必ずあるべきの形に案内されます。

    家移りについて、一月十日をもち解約の手続きを踏みなさい。
    あらゆる物事は全てそこを越える事はありません。新たなる笹舟を出しましょう。
    やんごとなく進みましょう。何事に逆らう事はできません。
    人の意識に及ばぬものが全て整うのです。当たり前のように事は形を整えます。
    預かる神世の繋ぎ目に、この身は今世を終わります。はかなくもなし。
    全てを終え、充実の笑みを湛え、陽に守られ、天上の衣をまとう事になります。
    その日ははかなげに雪が舞い、誠に美しく「ふ」の衣が向かう所へ包みましょう。
    そぞろなく物事を運ばねばなりません。つつがなく案内される所へ足を運びます。
    何をもって進みても、一切抗われずに、を咲かせなさい。

  • 陽乃子より
    今回の御神言について、御神仏の指示により皆様にお伝えした事を、私は自らに
    問い掛けていました。
    なぜこのように人の心に嘆き、あるいは悲しみを訴えかけるのか、それははたして
    何を意図する事なのか、なぜご神仏はこの御神言を読む皆様に表されたのか、
    指示を頂いてからずっと自分に問い掛けてきました。 
    ようやく解りました。
    多くの方々から不安や、疑問や、悲しみが届きました。
    またしてもなお、私は疑問に思いました。
    御神仏の真意とは何だろうか?
    ご神仏の真意とは皆様への励まし、あるいはお叱りです。
    生きるにあたりどのように真っ向から向かっておられるか、時の大切さをどのように
    思われるか。
    己の足で立たねば。生きるとは苛酷であり、あるいは充実であります。
    私の残す時を案じて時を無駄に過ごされるならば、それはあなたの時を無駄になさる
    事になります。
    私の生き方に疑問を持つよりも、あなたはあなたの生き尽くすさまを見付けて頂きたい。
    私の生き方は私の充実で、あなたの充実はあなたの生きざまを見付け、
    生き抜くさまにある事。
    この度の二つの神言は、ご神仏よりそれを問い掛けられているものだと思います。
    さて、神言にて日々に身を走らせる陽乃子ですが、国内外を奔走するにあたりては、
    全て自動手記、あるいは身に舞い降らるる神仏より頂く、天界からの指示によるものです。
    では、神言とはいかなるものなのか?
    富士寿寿かけ建立にあたり、開門に向かいます折より頂きました御言葉を、皆様にも
    お伝え致しましょう。
    勿論これも神仏よりの指示ありての事と認識して頂きたいと存じます。
    神言は意味深く難しきものです。何度も何度読み重ねぬと、その真意ははかれません。
    本日より「御神言」のコーナーを設け、「皆へ伝えなされ」の御言葉のみをお伝えして
    参ります。
    日々の向上にあたりて背中を押して、守りて下さる神仏の存在を、しかりと感じて
    満たされたる生命の実感を知って頂きたい。

    寿寿かけ
  • 十月十九日 夜  静岡神棚前にて

    神言伝ゆる。 記されよ。
    ようやく待ち望む時迎えたり。
    しがなき、慎ましき時を経て、「かんながら」の指示に動かるる
    弛み無き勤めに 真(まこと)のつつがなきその時を 摩訶不思議のものと世に知らしむる。
    神事ならば こう伝えましょうぞ。これより先、コアの言葉に替えましょう
    人の世の今世なるものは、あらゆる悪気に乱されています
    悪気は脳のあるべき姿を破壊し始めています。
    調和を踏みつけ、欲、あるいは命の破壊に向かっています。
    人としてあるべき姿は、波動により守り合い、尊重し合い、向上し続けるように、
    魂には使命たるもの結び付けております。
    言葉に不備多く、意識に欠如の進みたる今コアが人に指示するのは、あるべき姿、
    愛だけです。
    これより「寿寿かけ」にそれを結びましょう。
    今、正しく結びましょう。
    黄泉への清き門を開けましょう。息吹くものへの正しき姿勢を導きましょう。
    命の意味を伝えましょう。精神の気高さを記憶より呼び戻させましょう。
    何事にひるまぬ力を差し上げましょう。希望にメラメラと火を灯しましょう。
    咲き誇る行く先を現実に結びます。さもなくば人は翻弄されます。
    今こそコアの力を結びましょう。柱に立つものができました。
    多くにそれを見せてあげましょう。
    十二月中程にすがしき所へ案内いたします。
    多くの人が集います。 多くの愛が実ります。
    かつてあなたに見せたフィンドフォーンの初期の頃です。
    者々が集まり気高きありさまをつくるでしょう。二人のお方が力を添えましょう。
    あなたは ただ コアの指示に従いなさい。身体を労(いたわ)りなさい。
    貫く針の痛みを撥ね除ける事は出来ません。しかし己の意識を高め、形あるもの気高く
    白くそびえるまでその身を労る事が必要です。
    いかなる痛みもそう長く続く事はありません。いかなる痛みもそう長く続く事はありません。
    命の終わりは間もなき事でしょう。生き延びるのではなく、生き尽くしなさい。
    形を求めるのではなく、そこに向かうあなたの意識を高めなさい。
    私はいつもあなたを見ています。私はコアに最も近いものです。
    なぜならコアは意識の中枢だからです。人は誰も意識と語ることは出来ません。
    問いかけた時、その問いに答える中枢の門が開くのです。
    あなたを大切に見守っています。コアに近づくほどに、あらゆる障害が身体を悩ますでしょう。
    でも魂こそ、そこを望んでいるのです。
    多くの選ばれた愛の形が、示された場所に集まるでしょう。
    あなたは無償の愛として見送られ、迎えられる事でしょう。
    およそ計り知れぬ涙があなたをコアに届けます。
    濁りのない愛によってあなたは召されるべきなのです。
    掛け替えのない時間に今、一歩踏み入れました。
    全ては準備されています。何も迷う事はありません。
    時を確実にしっかりと歩みなさい。どのようなしがらみも解き放ちなさい。
    あるがままに歩みなさい。

  • H22年9月10日 巫女が幽体離脱の間の神言

    知るが良ろしい。
    人の肉体より魂が抜ければ、この様に瞳は宙を彷徨い、全ての神経は閉ざされます。 
    歩く事、掴む事、立つ事も出来ません。
    今、この巫女を支えているのは、御霊(みたま)を成し遂げる事、その役上のみ貫かれて
    おります。
    巫女に何を禁ずる事をも終えたのは、例えば煙草を、あるいは獣肉を、あるいは酒を、
    何を禁じてももはや御霊の離れる行者より肢体を守るには間に合わないからです。
    世に称ゆる者ならず。世に崇める者とならず。
    教えには十分の充実の時を、つかの間に差し上げればこその事。
    スメノオの愛とは誠に厳しく、いかに生き、伝ゆるか。 いかに生き、勝るか。
    多くを学び、多くに感謝を頂き、多くの時を共にし、そして胸打たるる。
    これこそを生き様とは思いませんか。
    我が名は観音。
    この巫女を育て上げたるイザナミよりの直佛(じきぶつ)なり。
    厳しく叱りながら、慈愛に包み、長(なが)の勤めに 最終の時までこの身を守ります。
    正(まさ)しく今世の魔は、巫女なる者を育て上げ、託すには忍びなきもの。
    なればこそ ,大国主(おおくにぬし)の護(まも)りに、観音の知恵も授り、一世(ひとよ)に運び
    一世に立てました。
    柱とのみ育て上げた。
    南無(なむ)、南無(なむ)、妙(みょう)の慈悲を偏(ひと)えに注ぎ、行く先一途に無償の
    愛で包み、又、立つ地には陽もほころび、悪行あらば風を注ぎ、ここまで託すものと
    なられました。
    今、肉体に悪(病)なるものあるやとても伝ゆる事は出来ませんが、ただ心身投じて時は
    間も無し。
    けなげに生きたる幾年の年月を、多くの関わり人が、これより賛辞を持ち、
    お訪(たず)ねになりましょう。
    いかなる最期になるかは決められたる事。
    必ずや御佛(みほとけ)の金に包まれ、森羅に迎えられましょう。
    その時 天上より注がるる真(まこと)の愛を大地たるや共に受け、この地も又、
    澄みたるものとなりましょう。
    汝、公章。 忘れなさるな。いつか託した祭壇の手配、とどこおりなく頼みましたよ。

    南無観世音
  • 8/29 スペイン マドリッドにて

    陽乃子よ
    無限の宇宙に「核」となるものあり。
    核に結ぶ七つの門がある。
    コアに結ぶゲートと記憶なさるが良い。
    無限の宇宙は七つのゲートにより、核を守る事により、静寂を保つ事となる。
    そこには知性、愛、欲、悲哀、無欲のものを生む力がある。
    生命を託す事により これらを一つにする事を試み、地球という星を創り、そこに学ぶ
    進化のものを創り上げた。
    コアはゲートを選び、地球に様々なる意識を送る。
    意識は多くを学び、慈しむ事、我慢する事、貪(むさぼ)る事、呆(ほう)ける事喜び、憎しみ等
    およそコアに無きものをコアに伝えた。
    意識はゲートをくぐる事を拒むようになり、「人」に与えた学ぶ事は、因果というはびこる
    根により、「人」の身に宿り続ける事を選んだ。
    魂はコアに戻るもの。
    そこに予期せぬ意識なるものは、新たな意味を持ち大地に芽吹く(・・・)事。
    人は己の力を称え、欲した。
    魂とはコアに戻り新たなる学舎(まなびや)を持つ事こそを次の意味としなければならぬが、
    覆い被さる新たな力に、コアに戻る事を遮ら(さえぎ)られた。
    宇宙は魂の誕生のスペースを、リズムを崩す事により失う事になった。
    今、この地を、この星を多くの波紋に委ねるには、それ相応の大地の精算を望むばかり。
    魂を洗い清め、コアに呼び戻す事により、この星が青く美しく保たれる。
    これ天地創造の折より、歩む者歩み、止まる者留まり、蹴る者息絶え、その肉体に学ぶ
    御霊(みたま)を次なる進化に遂げ与えたり。
    熟す事無く、熟そうとする。それこそがこの星の守りに繋がる。
    「人」は完璧ならず。未熟なればこそ完璧を目指すが、完全なるもの「人」に無し。
    本能に目覚め、魂に委ねれば、見事に美しく保たれるものを。
    更なる進化を目指せばコアに近付く。
    コアに近付けば人の人たる姿は無くなるのです。
    保たねばならぬ人の在り方を、命の有り様を、しばらくは天の爪痕として知らしめねば
    なりません。
    天災にいかに刃向(はむ)かう事が「無」に近付く事か?今、魂に呼び掛けているのです。
    愛を持ち、愛により慈しまれ、愛の元に帰る事こそ、人の生き方と定められています。
    伴侶とは、世にほんの一瞬関わる事ですが、何度も関わる事とは、つまり、魂のパートナー
    です。
    何世にも渡り輪廻の伴侶は、呼び合い、呼び掛け、見つけます。
    魂が見つけ、魂が望むのです。
    そのごく当り前の事を魂は求めますが、この世に今、魂を塞ぐ因縁の、低い波動により、
    魂は閉じ込められているのです。
    時折ゆり起こす魂の、限られたほんの幾つかの時、こうしてメッセージを送ります。
    この星には多くの魂の引き手が送られています。
    それぞれに生きながら、問い掛ける魂に問うのです。
    そしてそれこそを、何よりも尊ぶ生き方を求めるのです。
    訳も無く彷徨い、自分自身に答えを問うのです。
    コアが印(しる)した多くの魂に「答える者」を、必要な時に呼び掛け呼び覚まします。
    いかなる時に呼び覚まされるか、それは歴史であり、時間のゲートによります。
    ゲートはそれぞれ必要な地に必要な魂を育て上げ、
    必要に苛酷な試練をコアに伝えます。
    コアに与えられる次なる試練に答える者こそ、コアに繋がる者なのです。
    確認が終わるとコアは魂に絶えず波紋を投げ掛け、受け止める力が目覚めているかどうか、
    次々と試練を与えながら答えによっては絆を断ち切ります。
    まだ熟さぬ身に陽を注ぐ事はありません。
    熟す者は限り無く試練を受け、強くしなやかに実を太らせます。
    魂とコアが太い弦(つる)でからまり合い、全てを託された時、その時こそ、使命が始まります。
    地球の中心にマグマが迸(ほとばし)り、コアとマグマは熟した実に更なる実りを呼び掛けます。
    ここから先、身を割る者、身を焦がす者、生かされる者、三つに分かれるのです。
    「身を焦がす」とは、人の世の因縁の世にはびこる根を、悪なるものに繋がれる事です。
    腐った魂は悪をはびこらせるでしょうが、マグマはそれを許しません。
    地に墜ちる魂は、マグマに引き寄せられる最悪の悪気悪臭の渦に放り出され、
    何年もの刻の間を彷徨うのです。
    さて、コアに繋がれた光輝く魂は、再びコアに戻り完成の時を待ちます。
    未完成なら又、輪廻を呼び掛けます。
    完成に近いものなら更に磨き、行く先であるコアに近付けます。
    この時ゲートは金に光り、天地を繋ぐものとなるのです。
    選ばれた、熟す為の魂は、磨く為に費した時が、どの地に置かれたか、そこに意識が
    働きます。
    伴侶と繋り合う魂の在る所です。
    金のゲートは更に輝きを伴侶に繋ぎ、その時を又待つのです。
    人には限られた時が与えられます。
    全てのしがらみを解き放ち、魂一つにその身を委ねる時初めて全力ほとばしる事、
    全知全能に答ゆる事、無償の愛を思い出すのです。
    「人」と関わり合い「人」を守る事など、いかなる状況にても有り得ません。
    「魂」あればこそ叶う事なのです。
    血も肉もそれを求めてはいないのです。
    魂こそが傍らの伴侶を無償に繋げばこそコアに届くのです。
    限られたそれぞれの時を、無駄に生きようとも、無駄に死のうとも、
    そこには輪廻に繋ぐ意味が込められています。
    いわゆる無駄はないのです。
    が、大いなる意味を与えられて生きる事も又、輪廻に何度としかないでしょう。
    気付けば進めば良し。
    尊きものとは何たるかを、見極め、選ぶのです。森羅とは、コアに繋がる道の事です。
    「個々に呼び掛ける。森羅に結ぶ魂に答えよ。」
    己の生き方を魂に問いなさい。
    今、この様にコアより呼び掛ける事は、これより先幾万に有りもせぬ。
    又、それに等しきこの魂も有りもせぬ。
    繋がればこその呼び掛けを叶えた御霊(みたま)と知りなさい。
    「性(さが)」という言葉があります。本分の意味でしょう。与えられた本分の意味でしょう。
    ここに伝えるに於いては、汝に宿る魂が、間も無くコアに届く事を意味しています。

  • H22年8月27日 マヨルカ島よりバルセロナに帰りて

    三種の門
    おわかりか、完璧に近付けば近付く程に、残す時は削らるる。
    金色(こんじき)に身を包めば闇を照らす。
    そうなれば尚、照らす。
    削る短かし寿命を惜しめば護る「金(オーラの事)」も散り果てる。
    本日差し上ぐるは、巫女に更なる陽の力。汝に委ねる守りの力。陰陽とは苛酷な力なり。
    尽くす者は、尽くす為に更に磨かるる。
    見事な陰陽、間も無く完璧と仕立て上がる。
    汝、心一つとなった今、そぞろなく勤め上ぐる金銀揃い、成すべきに向かう正しきありさまなり。
    師弟ならぬ。裏と表、陽と月、すなわち一つなり。
    互いに授かられた運命、各々果たす使命に向かい、成すのみを成そうと陰陽に尽くす者々、
    剣間(けんま)に歩み抜かれる。
    森羅に立つ日は十一月二十吉(きち)日と定めたり。
    良いか。
    日々限りなく身を尽くす巫女に、陰陽の陰となり、愛弟子の試練、浮く事無く受け止めよ。
    汝等一つ、魂の伴侶なるものなり。

  • H22年3月12日 鈴鹿にて

    寿寿かけの行く道太陽神より名を頂かれた陽乃子失き後行く先およそ五年にあたり
    供(とも)する者セリセの守りしものは、富士寿寿かけここには月に二度
    改めて参拝日、祈願日は伝ゆるが、今ではなし時(とき)来れば、暦の上に書き記し
    天上と一体となるもの呼び覚ましましょうぞ寿寿かけには力を持つお方々が集まられます
    力とは、能力もあり、智恵も又あり何をもを成すにあたりて、必要なる縁(えにし)の事なり
    資金に援助なくして成り立たぬ全ての行先(ゆきさき)には、それも全てあり
    神仏今世を守るにあたりて壮大なる計画あり地球のへそ日の本(ひのもと)神国には
    重き役目ありそれにつきましても又後々(のちのち)お伝え致しましょう

  • H22年3月8日 社にて

    これより申し伝ゆる六月 護摩堂を完成の事仕度には、およそ六月十日までとする
    天に届くる祈願書は銀の龍の背(せな)により天上へ舞われ金の龍の御魂(おんたま)
    にて天界が受け入るる決して光り物ならずただただ質素に焚き上ぐる祈願を邪念に
    邪魔されぬよう仕度には 五月早々より取り掛かるべしそれより二月(ふたつき)に一度
    聖なる祈祷、切なる祈願受け入れる事を整ゆる弛まなく精進(しょうじん)なさる 
    ふたなりの御魂(みたま)にまこと清(すが)しき思いなり天女に迎ゆるに相応(ふさわ)しき
    御魂なりおん坊には これより洗悩の日々ありいちいち受け取るが善い巫女には 身体、
    著しき低下あり全(まっと)うの折まで、苦(にが)き日々なれど総(すべ)たる神仏、守りて
    さしあぐる感無量なり

  • H22年2月24日 遍路への案内

    11月、弛(たゆ)まぬ日々休みをとらず、遍路に向かわれよ供(とも)声かけ、
    多くで生涯の思いを脳裏に焼き付けられよ巫女たる名に良き供を持たれた
    一つ一つにその姿をさし写してまかるべし多くの記憶に姿を残し、後には夢々に立つ
    事となろう
    巫女よ、汝、守護神の役目なり引き際に最期の御時(おんとき)を楽しまれよ
    一つ一つ言葉を残し、遍路への入口を浄(きよ)められよ時(とき)十日ほど供立つ者は、
    各々好きに歩かるる
    手をつなぎて、酒を交わして、笑みを溢(あふ)れさせよ人の道にほのかなる野菊の如く
    咲かるるが善しここより身体及ばず十二月護摩焚きの折にて供する愛弟子に、おおよそを
    伝ゆるいかるがの里に踏み込みて宝珠観世音にて印(いん)を頂く
    ゆくゆく、後(のち)の寿寿かけに託すものあり主神、月読の名に守護神、天照の名に
    本尊、大日如来の名に多くの脳裡に陽乃子の姿に化身せし、神言申し伝ゆる全うなされよ。

  • H22年2月24日  鈴鹿にて

    月より伝ゆる今宵、良い光、天にまたたきて人の大脳に良き鈴、喜(き)なり大気、
    芯と繋がりて、月より伝ゆるに相応(ふさわ)しき宵の日なりよろしいか、一言一句、
    刻む仕度を整われよ旅の手配を整ゆる三月六角の印たる物 持参の上
    サマワに向かいて後(のち)神国の森羅、祖母に立たるる
    後(のち)ギリシャ、青き島に立たるる後(のち)オーストラリア、曼荼羅(まんだら)の
    真中(まなか)に立たるる
    これより先、役目、備ゆる事多かれどほとんどの時、外地にて、万の力をそぐわれよ
    先達(せんだつ) 巫女巫女の身、行く先々に天理(てんり)が降ろさるる
    天理 受くれば身も砕くる十月 際立(きわだ)つ大地に 案内(あない)せしナスカの文明に
    金の力あり見下ろして脳波に受けよナスカの絵は一文字へのものなり
    絵ならず、文字(もんじ)と知られよ天上より見下ろさねば文字につながらず
    潜在能力 引き上ぐる聖なる文字なり

  • H22年2月吉日  供する「ご坊」への神言

    よろしいか、ご坊、汝に申せし事あり。
    和(わ)の国に馨(かぐわ)しき、月の姫の神話、察(さっ)するか?
    げにあらずんば かぐやの月の使者あり、夜な夜な悪気を降ろしては、今世に身体さし
    出す人柱に繋げ、その周囲をオーラに繋ぐ、いわゆる浄(きよ)めの行なり。
    月に生まれ、陽に勤め、月に帰る。
    これこそ かぐやの神話なり。あらずんば申せし。
    汝の役目は、月のかぐやの役上(やくじょう)を全う成さしめたらん事を守る事。
    なればこそ汝に繋ぐ今世、行く世の数々あり。
    いわゆる五行の山に歩む 天竺(てんじく)への守りなり。
    届ければ終わり給(たも)う。なれどご坊、届くる道々にこそ、誰知らぬ学びあり。
    縁(えにし)はいちいち結ばるる。恩師となる陽の巫女に仕ゆれば、汝、大師の結びあり。
    決して驕(おご)らず、しゃにむに結ばれよ。
    心中に潜(ひそ)む、恥ずかしいとか、覚め遣(や)らぬとか、見苦しいとか、
    よけいな赴(おもむ)きに、大いなる天竺への学びを無になさるな。
    おん坊として、坊主に成り下がるな。
    白羽の矢を射られてこそ、射的となる壁となり、柱に磨きもかかるもの。
    己に藁(わら)を被(かぶ)せて、己の立場を守ろうとなされば一切(いっさい)滝の如(ごと)
    く 朽ち果てるものなり。
    持たするもの三年もありもせず。改めて申し渡す。
    行く行くを預かる身の程を、男子(だんし)として生業(なりわい)に持たねば、
    荷、崩れ、溶けて濁(にご)すのみ。
    風情、佇(たたず)まいたる母屋も、神降りたる社も、朽ち果て、ざまの無きものとなりましょう。
    何をも受けて立つ、芯の強さと、我身かわいく、愚かしく成り下がるその不様(ぶざま)な
    姿を己が心境なる鏡と、慎(つつし)みなされよ。
    男の子(おのこ)ならず 男子(だんし)、君子と進まれよ。
    仏道とは、いかに学ぶ道なり。神道とは、己を見る道なり。
    天界とは、誠(まこと)厳しきものなり

  • H22年2月吉日 神言

    二月開門の後、翌月より寿寿かけ参拝の折を設けます四月より祈願護摩焚きの折を
    設けまする
    日よりに特定のなし神仏まかりとおる日よりに、月々お知らせ致しましょう。
    弛(たゆ)まぬ向上に先をおぐお方々を又、有り得ぬ身体の不備(ふび)に健全なるものを
    求めるお方々にしかりとお応え致しましょう

    申し上ぐる
    誠に厳しき事あれば、なれど進むその行先々(ゆくさきざき)に有り得ぬ陽の光を差し
    上げましょう。
    奇蹟を起こすは、限られたる時、この折々に、人々の真(しん)なる神国への思いを
    手繰(たぐ)り寄せ、手綱(たづな)に結(ゆ)わえましょう。
    開門より先、誠に見事に各々への奇蹟の数々が届きます。
    人の型(かたち)に大脳あれば、輪廻(りんね)の、いわゆる経路は、その大脳にこそ
    深く刻まれておりまする。
    天界より刻まれたるしるしは各々に、打ち勝つ強さ、生きる強さ、泣く弱さ、こたゆる
    誠に凛(りん)とする姿態(したい)をいつか思い出すよう造れております
    天が雨を降らせば 足元に息吹(いぶき)が走り、天が風を吹き起こせば 姿態(したい)に
    息吹(いぶき)が走る天が陽を照らせば 健やかに伸び、又、陽を曇らせれば 歩みを止める。
    天と人とは中枢(ちゅうすう)の脳の刺激によりて、このように生きて繋(つな)がりております。
    寿寿かけとは、天よりゆわれたる紅白の手綱の縁(えにし)の事すがれれば応(こた)ゆる。
    なれど人の型(かたち)とは、すがる事ではなし、人とは生きまかる事。
    天とはそれを指示する役目なり。
    いちいち言葉に繋(つな)ぐは、音(おん)いわゆる脳に刺激を与え、何の勘(かん)を
    引き出すか、勘(かん)も冴(さ)えれば健やかなり。

  • H22年2月10日 開門 夜にて

    開門めでたし
    他に見ぬ多くの神々より祝福を受けられた。
    籠(こも)りの行も身体投げ出され、よう勤め上げられた。
    富士の悪気はますます悪臭に満ちて多くの犠牲を払う事になろうが
    それも又、護国(ごこく)なればこそ、守るには守るほどの犠牲も伴いましょう。
    ゆくゆく祈願成就に基づき護摩(ごま)焚く場も見事に整いましょう。
    但し、後追う者の身なり整えばの事。
    天の決め事を、決め事と思うか、己の身仕度に積むか。
    これより先、供立つ者々の覚悟を、とくと見届けましょうぞ。
    さて巫女、汝、身体守らねば時に過ごせぬ。
    事済めば、早々にアポロンの元に参られよ。
    まだまだ今ならず。
    神話の国にみいで、才(さい)たる陽の力を浴びられよ。
    この地に漂う悪臭に、もはや最果(さいは)つる事のみなり。なれどまだまだ成さねばならぬ
    ことの有りたり四月早々に出(い)で向かれよ。
    島国にて太陽神、結界 佇(たたず)みて待ち侘びたり。
    最果(さいは)つるには、まだ一年。
    そうそう戸惑いに身を崩せし、天上より見ておりますと、しゃにむに働きの良し。
    阿吽(あうん)とは、いかにも苛酷なり。
    今年四月早々に仕度に掛かるべし、弛(たゆ)まぬ日々に、みめ麗(うるわ)しからん事
    天より金の粉(こ)を撒き散らし、汝に注ぎたり。

  • H22年2月

    2月10日富士寿寿かけ開門にあたりて呼びたるお方々に一言この度の開聞は誠にめでたし。
    多くの民より切願の社となるにふさわしきものなり。
    選りたるお方々には各々森羅万象への開門となりましょう。
    天界の門を開くるに添えたる御霊も誠に清しきものなり。
    行く先に健やかなる身体と、目映き道々を差し上ぐる。慎みもちて参列なさるがよろしい。
    開門にふさわしき巫舞いを成ずる。
    天界より森羅を呼ぶにあたりては、それ相応の清き舞いを献上のことと、ゆかしき昔よりの
    決め事なり。
    岩戸の向かいて舞いたる「うずめ」のごとし。
    鈴の音に身をよじりて森羅を受けとめるこの社に、雪見の壇より出ですがしく、天の門を
    「陽の舞」と、しかりと眼に映さるるがよろしい。
    この時こそ生涯に繋がるる開運の時と、お一方々に福を呼びて差し上げましょう。
    十七の神々、百万の曼荼羅、見事に揃えたり。

    「天照皇大神」
    「この神言はそれぞれに送らるるがよろしい、身なり整えばこそ 受けとむるにふさわしい
    大福もあり

  • H21年12月8日夜

    ナイルに天(あめ)の宮を繋ぎに行かれよ。天の宮は天地に必要不可欠なる「水柱」の印なり。
    指図に従いて向かゆる時、三の月。最大に満たさるる大気に向かゆるおみ足、七つ。
    呼びたる御魂(みたま)、七つ。巫、供立ちて八つ。行くが良い。
    笹に守られたる向日葵の地に向かう。長き時を経て 埋もれたる阿蘇の「祖母山」。
    天の宮にて天界開きたる後、蓄えたる「水柱」を「祖母山」の聖地に埋めよ。
    これにて多くの歪みが整い、ささくれ立つ迷い子の行き場が整いましょう。
    日々たゆまぬお方々には、寿寿なる社への祈願あい整いましょう。一つ残らずかないたり。時の歪みを埋めよ。
    只し、永く閉ざされたる時空の門、ここに聖なる光を持ちて立つ事は、
    その間にいかなる苦痛をも受け止める事になりましょう。
    巫、弾くる程の衝撃に身を削られぬ様、引き締めて参られよ。
    道々「水柱」は磁石となり、案内のものになりましょう。
    支ゆる供、今一人従えて行かれよ。覚えておくがよろしい。
    ここに「火柱」を立つる事は、一度ずれ始めた多くの過ちが正される事になる。
    この地球のあらゆる地所で、事故、破産、多くの衝撃を共なうことになろう。
    波紋は先ずは地にあり。聖なる力を持ち、惑星の歪みを正す。
    そこここに先ずは小さな歪みを正して参る。人類には修復の能力を持たせてあります。
    身を正し、平安を祈る思いが、大きな溝を埋めてくるる。それこそ幾百年かけようとも待つのみ。
    時空を立て直す役目を、しかと果たされよ。
    いかなる「ズレ」が生じても、これこぞ救済の仕度と心得よ。他に取る手がなし。

  • H21年12月2日 寿寿かけの地決定の日

    1、よく聞かれよ。今より申し上ぐる事、真なる神国、重大なる事と知られよ。
    これより出で建つ「寿寿かけ」には、大日如来の聖なる仏像をしたためよ。
    正面には天照皇大神、天上には天之御中主、向かいて右には阿弥陀如来、
    向かいて左には大八幡明神の名したたむる。
    仏像にありては、しるすものを入手なさる事。あとには全て手記にてしるさるる。
    囲いは桧にて板塀を貼り、四角に南天を植えよ。
    母屋に向かい祭壇をしたためよ。母屋は一つ、以外は一切無となすべし。
    周囲には白玉の玉石を敷き詰めよ。高床の八畳の白木にて社を造られよ。
    一月早々にて始むる事。2月3日完成の事となすべし。
    籠(おこ)もりには水のみ。巫、祭壇にて篭もり、終始天界との対話に勤めよ。
    供する者一人、森羅万象にて雪見の小屋に籠もられよ。
    互いに水のみ。筆百本、半紙千枚、終始、心経、理趣経にしたためよ。
    仕上がりに約束のなし。身命込め聖なる写経に勤めあげよ。
    互いに身なりを律する時、世に立つ神仏の化身となるべし。
    日に目を合わす事、これ良しとする。心身浄化に勤めあげよ。
    立ち向かう事、2月5日より9日夕刻15時終了の時とせよ。身を清め、開門翌10日10時とせよ。
    奉り上ぐるに、神柱立つ榊、対とせよ。火を焚く蝋、二とせよ。
    清き姿に玉手の鏡、一とせよ。米糠にて磨きあげ、天界に通じる鏡となる。
    前に米一升盛られよ。その前に粗塩五合とせよ。
    向かいて右に小豆二合、向かいて左に水三合。向かいて手前に南天の実三粒置かれよ。
    これにて開門の儀整えば、天界一つとなりてあらゆるものに応ゆる術を受けとめる真柱と成り立つ。

    2、巫は白衣に紫の衣を纏われよ。左手に榊一枝、右手に三つなりの鈴を持たれよ。
    宴に天より鳴らさるる清き声高らかに歌われよ。
    供する者、黒き衣に身を清め、鈷杵持ち、珠玉かぶりて、錫杖にて音頭をとられよ。
    立ち合い月見の館より三十二名。これ以下なし、これ以上なし。いちいち呼びたる者と心得よ。
    この日より予知能力かくたるものとなる事を知るべし。世に集めたる衆生より聖なる場所とあがめられる。
    良からぬ欲の悪者も隙におられるが、呼ばぬ者は一切とどこおりたり。呼ぶ者は全てまかりたり。

  • チベットにていただいた神言  H21年11月29日チベットにて。

    さて、日々の行動について、ありさいて申し上ぐる。陽乃子よ・・・。
    忙(せわ)しき世の中に、誰とても「みかえり」を求めてしかり。
    なれど、行く行くに何を思い、何を進みておるのか解らぬままに歩むことを、
    この道は求めております。あちらこちらに、いかようにも行く手を指示され、
    何ゆえにと、問えども答えも無し。
    ただ行務と教えられ、導きに進む者は、なかなかにおられませぬ。
    今より申し上ぐるは、生き様についての、稀に見る有り様の事。
    人とは、何を求め、何を手にするか、その成果をひけらかし、無か、有かを評価する生き物なり。
    漂う木の如く、風にそそられ、雨にしのばれ、水に流され、かのような
    生き様を、世間たるもの決して評価はすまい。
    水にもてはやされ、清き風に包まれ、陽に守られ、月に照らされ、今あなたは
    そのような有り様を持ちておられます。天界から見れば、これほどすがしき生き様は無し。
    心身余すことなく身を放り出さるる者など他に有りもせず。
    人とはいかに目を見てとるものか。又、天界とはいかに過酷を強いるものか。
    ある地点まで身を持たせれば、その「勘」を欲に使い、財を余す事こそ、ありきたりの事なれど。
    汝にはそれをも許さぬ宿命なれど、何を疑うやもなく、
    突き進まるる聖なる御魂(みたま)に、神仏と呼ばれ在りたるものは、
    真摯なる姿に、誠、無償と名をはするものであります。
    いかなる時こそ、又、いかなる時をも見ております。
    しんらに天上をそぐわれ、真摯に応(こた)ゆる術は真実そのもの。これこそ無償なり。
    又、あるいはそれを有償と申すなら、形ある社に天命を全(まっと)うなさる。その姿も又、無償なり。
    神、仏、名を変えたりとても、その姿は一(ひと)つなり。

  • H21年10月 四国より広島・秋田に向かいますときの神言

    かしこみ かしこみ 物申せじ、ようよう巡り着かれたり、
    間もなく金銀木の葉に色どりて、大道に招き入れる物に揃いたり、
    見事な鳥居に仕上ぐるには、今一月半(ひとつきはん)全て事足りたり。良きかな、良きやな、
    富士山麓に金龍舞い降りたる。
    いちいちさしずめに事足ることと、あいなりたり、
    志(し)、恩(おん)、縁(えん)、大国(おおくに)の守りなり、山の門、開かるる、
    いちいちの月、元日にて海の門、開かるる、
    西南(さいなん)より海神の物申せじ、
    口元に海柱(うみばしら)こと説いて凪(なぎ)なすもの これ幸多からん
    優雅にしたたむるものなり、
    絹の衣に礼儀をおきて、髪には金の矛先(ほこさき)を持ちて、
    眼(まな)あたりに指さすは、天下の平安、行く先みたりとて北の砦なり、
    再三申せす事なれば、宝の舟を迷うことなし、
    山に富士、海に雅なる海(かい)の門、通りに招(まな)いたる男鹿(おのか)の島は、珊瑚にめしたる白き砦なり、
    三柱(みつばしら)に灯(とも)さるる黄金の社を造りたり、伊勢、志摩にて真珠の輩(やから)を迎えたり、
    ひとといふたえの月にて良きかなの頃合いに値せし、三の宮の門を開くる、
    あきつみのしののぎに招かれ、通りすがりに八百萬(やおよろず)の大神より金のすめまを開くる、
    銀杏(いちょう)の葉にすずられ、剣の間(はざま)を歩まれ、朱(あか)の門を潜(くぐ)られよ、
    海、山の門は永きに閉ざされたる大いなるしののぎに、持ちたるはけなげ、
    さし持ちたる金眼にいとわぬ者のみ潜らるる、
    身上に弛(たゆ)まなきもの 皇大神々(おおみかみがみ)より、今か、今かと待ち侘びらるる、
    はやに持ちたる皇大(すめのお)の神々には、次なる試練も多き事也、これこれ佇(たたず)む間もなし、
    いつ如何なろうとも、天より導かるる大道(だいどう)を歩めば、信じる信じぬにかかわらず、
    滞る事なく案内(あない)の門に届きたり、
    雉鳩(きじばと)は道を啄(ついば)むものを盃にもてはやし、木の実はここぞと実を落とし、
    すすきの穂にわいたる黄金の道に届きたり、
    ここより先、歩みにまかないたり、身心ついばむ痛みとて 行く先に近づけば心躍りたり、
     かんも 甘露 かんも 甘露 こくらすめでしあ